奇想コレクションの刊行順としては、まずこの『不思議のひと触れ』が出て、その後に『輝く断片』となるのですが、『輝く断片』がどちらかと言うとミステリーやサスペンス色が強かったのに比べると、こちらはSFがメインに組まれています。
編者の大森さんによればスタージョンという作家はジャンル小説の枠組みを越えた作家性を持ちながら、終生SF・ファンタジーを中心としたジャンル小説を書き続けた作家であり、本書はそんな彼の作品を一望でき、かつ親しみやすい入門的な本に仕上げたとのこと。
その言葉の通り、どの話もすっと入ってくるんだけど、その味わいはとても深いし、何とも言えない余韻が全身を包んでくれます。人が否応なしに抱えていかなくてはいけない孤独と、その孤独に飲み込まれないように心を温めてくれる愛。その2つがあるからこそ生まれる輝き。
素晴らしい!もうこの一言に尽きます。私はこれでスタージョンにぞっこんです。sturgeon(日本語でチョウザメを意味する)という名前からキャビアの味と評され、米文学史上最高の短篇作家なんて呼び声もあるみたいだけど、それも全然大袈裟じゃない。
幸いな事に、この本と晶文社ミステリから出ている『海を失った男』をきっかけに再び注目を集め、長らく絶版だった作品が復活したそうなので、色々読んでいきたいと思います。でもまずはやはり『海を失った男』かな。しかも河出から文庫になってるんですよね

ちなみに、私はキャビアを食べた事はありません。中身は続きで。
『高額保険』
この本の幕を開くのはちょっと小意気な叙述ミステリー。スタージョン自身にとっても初めて発表された処女作らしい。貨物車の運送係の男が借金を苦に、つい評価額3万ドルの小包に手を出してしまうのですが……。
たった4頁なのに驚きあり笑いあり。のっけから鷲掴みにされること間違いなしです。
『もうひとりのシーリア』
他人の生活を盗み見る事、正確には留守宅に忍び込みその部屋の主の人間性を知る事に極上の喜びを覚えるスリム。ある日彼の住むアパートに新しい住人が越して来て、スリムはその女性の部屋へと潜入するのだが、そこには人間の生活している痕跡がまったくと言っていいほど存在しないのだった。
そういえば潜入癖の話って少し前に日本の作家で読んだような。離婚して癖が再発してよりにもよって元姑にその現場を目撃されって話で、そこでかよ!と言いたくなるような終わり方をして、その事をリンク先でコメントしあって…ってここまで出て来ているのにタイトルが思い出せん
『影よ、影よ、影の国』
厳格な継母にいつも叱られ虐げられていたボビー。彼は部屋の片隅に常に存在する暗闇の向こう、継母のいない影の国へ行きたいと日々願っていたのだが……。
他の話でもそうなんだけど、スタージョンは子供を書くのもまた上手いんですね。特に自分の世界を持った、一人遊びが好きな子供を描くのが。
『裏庭の神様』
妻とのいさかいによるむしゃくしゃを晴らすかのように、庭の手入れへと精を出すケネス。彼がある日、睡蓮の池を掘っていると、地中から巨大な顔の形をした岩が出てくるのだが、その岩がなんと自らを神と名乗り……。
口にしたことがなんでも叶う。それは一見最高の力の様に思えるけど、冷静に考えればそんなことはないんですよね。特に日本語なんて何にも口に出来なくなっちゃうんじゃ。
『不思議なひと触れ』
表題作はとある男女の出会いを描いた話。きっかけにはファンタジー的要素が存在するんだけど、中心にあるのはあまりにも有り触れた、なんて事のない出会い。しかしそれがとてつもなく美しく、そして愛おしい。
『ぶわん・ぼっ!』
ジャズをテーマにした、小気味のいい話。同じくジャズを用いた『マエストロを殺せ』とは正反対な内容です。演奏を終え一息つくドラマーに一流のドラマーになる方法を尋ねると、彼はアマチュア時代のある出来事を語り出したのだった。
『タンディの物語』
タンディという一人の少女の物語。彼女の身に起きた出来事を語るのに必要なものは、カナヴェラルのくしゃみ、縮れのできたゲッター、漂う存在、サハラ墜落事故のアナロジー、ハワイと失われた惑星、そして利益分配計画のアナロジー。
なんでしょうね、もう。話の核心、何が起きたのかという事は早いうちから解ってるんだけど、それでも先へ先へと進みたくなる。お人形のための家作り。そんなありきたりな遊びがここまで生き生きと、驚きを秘めながら描かれるとは。
『閉所愛好症』
内向的で諦める事に慣れた兄、社交的で望んだものは手にしないと気が済まない弟。そんな正反対な兄弟の衝突を描こうとしているのかと思いきや、これが驚きの展開に。小説のための理論というよりは、理論のための小説になっている気もするけど、作中で美女が明かす人類の秘密が個人的にはとても興味深い。
『雷と薔薇』
これがまた素晴らしい。『輝く断片』の時にも書いた言葉だけど、とても半世紀以上前の作品とは思えない。冷戦終結の頃まで終末の形として最もポピュラーだった核の冬を描いた作品で、一人のトップスターが各地に現存する基地を慰問で回っているんだけど、ある日主人公の兵士が自分の基地にやって来た彼女の言葉を聞き、その裏に秘められたメッセージと、隠された真実に気が付いてしまう…と。
終末、滅びの一歩手前にいる人類、それを救おうとした一人の歌手、そして歌。ここまで揃うと懐かしいアニメをつい連想してしまう30男です。実際にはリアルタイムじゃなくて、再放送なんだけど。それはともかくとして主人公が抱える葛藤と、真実が明らかになってからのドラスティックな展開が心を揺すります。
『孤独の円盤』
最後は未知との遭遇を果たしてしまった少女の、そのために見舞われた深い孤独と、声にならない悲痛な叫びを書いた話。結びの言葉は一生忘れられん。
どんな孤独にもおわりがある
いやというほど長いあいだ
いやというほど孤独だった人にとっては



