2008年08月16日

失われた探険家  パトリック・マグラア

久々……でもないのか。2ヶ月振りの奇想コレクションはパトリック・マグラア『失われた探険家』です。例によって著者についてはなんも知らんのだけど、巻末の紹介にあった〈もっとも信頼できる「信頼できない語り手」〉という一文に乗せられて借りてきちゃいました。
長編小説がクローネンバーグにより映画化されてるってのもちょっと後押ししてたり。その『スパイダー』は観てないけど『ヒストリー・オブ・バイオレンス』は少し前に観てかなりこたえました。そういうちょっとした繋がりを辿っていくのもまた楽しいではありませんか。

収められているのは19の短編になるのですが、訳者である宮脇孝雄さんの後書きによるとデビュー作である『血のささやき、水のつぶやき』に収録されていた13の短編に、6編を新たに加えたものが本書になるということ。
半数以上が再録となると一見残念な感じもあるけど、その『血のささやき、水のつぶやき』が今では絶版入手不可となると、これは逆に有り難い。どっちにしろ私は初読なわけですが。

ではそろそろ中身について。パロディ調のユーモラスな話もいくつか入っているけど、全体のトーンとしては怪奇で幻想的です。実におどろおどろしく、しかしながら美しい。そしてまた倒錯的でもある。
天使やドラキュラに始まり揚句の果てには人あらざる者までと、異形の者達が多く登場するのですが、物語としては突飛なわけでもなく、どちらかといえば古典的なホラーやサスペンスのスタイルを踏襲しつつ、独特のエッセンスを足して他には無い味わいを醸し出しています。

最近のうだるような暑さのせいか、はたまた期待していた「信頼できない語り手」の話が後半に集中していたからか、正直最初はなかなか読み進められなくてかなりてこずったんだけど、読み終わってみると実に印象的な1冊でした。
こうして感想を書こうとして軽く読み返していると、いつの間にかまた読み耽ってしまう。初読ではいまひとつ乗れなかった話でも、なぜかまた読んでしまうのだから不思議です。
そのお陰でこの本1冊に1週間近くかけてしまい、今になって泣きを見てるのですがあせあせ(飛び散る汗)

さて、後は続きでそれぞれの感想をば。19個はさすがに多いので簡単に。


失われた探険家


『天使』
貧民街で出会った一人の老人。薄汚れた服装ながら品のある物腰。彼の語る過去に私は引き付けられていき……。

この本から漂う香を言葉にするなら、それは熟れ落ちた果実が放つ甘くむせ返るような腐敗臭であり、それがより際立っている作品。


『失われた探険家』
ある日少女は自宅の庭で探険家を発見する。熱病に冒され衰弱した探険家はピグミーを恐れ、少女をアガサと呼んだ。

それは現か幻か。


『黒い手の呪い』
インドにいる婚約者セシルのもとへとやって来たルーシー。久々の再会に心躍らせるが、しかしセシルの表情は晴れない。そしてルーシーは再会してから気になって仕方のなかった事をセシルに尋ねてしまう。「そのヘルメット帽、どうして脱がないの?」と。


『酔いどれの夢』
マンハッタンの裏通り、ドリアンという小さなレストランの上に画家のアトリエはあった。ある夜、ハドソン川を散歩していた画家は一人の男娼の姿を目にした。それは美しい少年だった。

デカダンなお話。


『アンブローズ・サイム』
アンブローズ・サイムは厳格な戒律の下に生きる聖職者だ。彼は幼い頃からその掟に従い、己の中の欲求をどうにか御して生きてきた。人並み外れた性欲も含め。
しかしある日、雨の降るパブリック・スクールの中庭を歩いていた彼は、雨樋を清掃する男の姿を見ると、配管を出入りする掃除棒を目にすると、顔を真っ赤にし、明らかな狼狽を見せたのだった。

なんとも悲劇的で滑稽なお話。


『アーノルド・クロンベックの話』
1954年の夏、ウィンブルドンへとテニスの取材へ来ていた私は、死刑執行間近のアーノルド・クロンベックへの取材という仕事の話を聞き付け、すぐさま飛び付いた。駆け出しでしかも女の自分にとって、それはまたとないチャンスだったからだ。

狂った連続殺人犯、それと向き合う若い女性。これまでなかなか乗れなかったのが、この話をきっかけに徐々にペースが上がっていきました。ミステリーとしても読みごたえのある短編。


『血の病』
アフリカでのフィールドワーク中にマラリアを患い、半ば廃人同然の姿で戻って来た夫。その様に夫人と息子は少なからぬショックを受けながら出迎えた。車で港を出た一家はその道中、ブルー・バッド亭という宿屋で休む事にしたのだが……。

とある宿屋に集った人々を襲う悲劇。オーソドックスな感じではあるのですが、熱に浮かされた夫が見る夢とそこで起きている出来事が重なって、得も言われぬ雰囲気を作り出しています。


『串の一突き』
叔父の死に対するマックス・ノルドウ医師の証言に私は憤りを隠せなかった。死の直前までを綴った叔父の日記。そしてその死後、私が知るに至ったある事実を聞けば、貴方もそれは納得いただけるはずだ。


『マーミリオン』
蜘蛛猿の姿をフィルムに収めるべく訪れたチャレントン沼沢地で私はマーミリオンを見つけた。その朽ち果てた農園屋敷を前にして、何かを語りかけてこようとしているような錯覚を覚えた私は、ニューオーリンズに戻るとその来歴について調べたのだった。


『オナニストの手』
リリー、ディッキー、ギュンター。まだ外は明るく客のいないバーのカウンターで寛いでいた三人は、店の中で思いも寄らない物を発見する。それは切り落とされた手だった。しかもそれは、信じられないことに、ひとりでに動き出し……。

中上健次の『愛のような』のパロディみたいな話。もちろん、意識なんかはしてないだろうし、そもそも知っていたのがすら怪しいんだけど。それにしても同じ物に同じような主題を込めながら、人が変わればこうも変わるってのがまた面白い。


『長靴の物語』
長靴は語る。核戦争による最初の惨劇を、シェルターに篭りどうにかやり過ごした家族のその後を。その先に待ち構えていた、おぞましき結末を。

まさに因果応報な話。とても恐ろしい内容なんだけど、長靴の語りが妙な可笑しさを生んでいます。


『蠱惑の聖餐』
靴の次は蝿。ギルバートという蝿が主人公。何と言ったらいいのか、蜻蛉にぞっこんなギルバートが彼女に晩餐に誘われ大興奮っていう、人間が主人公ならなんてこと無い話なんだけど、人じゃ無いから異常さを見せてきます。『長靴の物語』を読んだ後だと結末は容易に想像出来てしまうのですが、それでも面白い。とりあえず心臓の弱い方にはお勧めできません。


『血と水』
とある英国貴族の邸宅で起きた悲劇の瞬間を描いた一編。ここまでが『血のささやき、水のつぶやき』に収録されていたという物なのですが、締め括りに相応しいゴシック調のサイコホラーです。


『監視』
刑務官を目指す主人公が講師一家をひたすら監視していくという話。異常をきたしたその行動と、細かくは語られない家庭の状況に背筋が寒くなり、最後に明かされた真実に驚かされました。


『吸血鬼クリーヴ あるいはゴシック風味の田園曲』
吸血鬼から年頃の娘を守ろうとする母親の苦悩を描いた話。これまた実に倒錯的。


『悪臭』
家の中に漂う悪臭の正体を探ろうとする男。その臭いは家族にお仕置きを施せば施すほど強さをますのだった。


『もう一人の精神科医』
緑荊館という精神病院で勤めていた私には、何かと対立する一人の医師がいた。奴は私から一人の患者を奪い、そして彼女を、死に追いやってしまう。


『オマリーとシュウォーツ』
かつて巨匠、名手、天才と呼ばれ世界中の喝采を集めた一人のバイオリニスト。彼は今ブロードウェイの地下鉄でバイオリンケースを片手にさ迷う浮浪者へとその身を落としていた。それは愛ゆえにであった。


『ミセス・ヴォーン』
人妻と関係を持ってしまう医師の話なんだけど、どうにも話が掴みにくい。それもそのはずで、後書きによると実は長編の一部だとか。
posted by たまねぎ at 23:00| Comment(0) | TrackBack(0) | 海外の作家さん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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