折り返しに著者紹介がなかったもので、つい先に後書きを見てしまったんだけど、それによると著者のロバート・ブロックはあのヒッチコックの名作『サイコ』の原作者だそうです。となれば精神病質な人物と犯罪を描いた話が多いのかなと読んだのですが、確かにそうではあるんだけどサスペンス一辺倒とはならないジャンルの豊かさや社会風刺の見事さの方が目立ちました。
読み終わってみれば、ぞっとするような恐さもあるんですが、そこに致るまでの描写がとても面白くて、驚きや感嘆の方が印象としては強く残るんです。
いきなり大当りを引いたなあって感じで、このシリーズをもっと沢山読んでみたいんだけど、いかんせ図書館の蔵書にはもう……。うーん、一冊2000円前後で全20冊か。チビシーッ。少しずつ買い集めていこうかな。

さて、今回も個々の話の感想は続きに。短篇だとどうしても軽いネタバレが入ってしまうので。
『芝居をつづけろ』
のっけから参った。最後のほんの数行で物語の印象をガラッと変えちゃうんだもん。とても短い話なのに凄い引き付けられました。
劇の休憩中に隣のバーへ酒を飲みに来た役者。彼に話し掛けてくる酔っ払い。最初は酔っ払いに不信感を抱くのに、やがてそれが逆転してしまう。それだけならそんなに驚きもないんだけど、最後に思わぬ名前が出て来てビックリ。エーッって思わず口にしてしまった。
『治療』
ジャングルの奥地で追い込まれた男女三人。来るはずの金がいくら待っても届かない。ついに一人が狂ってしまい……。ありがちな展開だけど、想像するとやっぱり怖い。
『こわれた夜明け』
核戦争が起きてしまった世界の話。一人だけ危機に備えていて生き残った男が見つめる世界の終わり。その景色は悲惨なんだけど生々しさはなかった。それは広島や長崎という、現実の世界に残る爪痕を見てるからだろうと思う。
どんな言葉も、広島で見たコンクリートに焼き付いた影ほど、こちらに衝撃を与え問うては来ない。言葉の力を信じてるけど、言葉の無力さもまた感じずにはいられない。
最後の将軍の台詞には絶句。もはや呆れを通り越して言葉もない。しかし戦争を起こす人間の心理ってのはこういうものなんだろうな。自らの正当性を主張し続ける某大統領や、燐国で起きた暴動が頭を過ぎってしまいました。
『ショウ・ビジネス』
これはね、驚きました。その先見性に。政治、特に選挙がショウ化していく事に警鐘を鳴らすような一編。問題はこの作品が発表されたのが1959年で、ケネディ大統領の就任よりも前という事。(調べてみたら、始めてテレビ討論が行われたケネディとニクソンの選挙選は60年だった。)
教授は政策よりマーケティングとイメージ戦略の重要性を説いて、最初から役者を使えばいいのだと訴えるんだけど、それはいまや常識となっているんだから驚くしかありません。日本のタレント候補だってそうだし、なにより当のアメリカにはレーガンという存在がいます。作中で出てくる一人の名前がカーターというのもなんとも。
『名画』
ブエノスアイレスのカフェにくたびれた爺さんが語る昔話。
これもモデルがいるのかと思って『花を持つ少女』という作中に出てきた絵のタイトルを検索してみたら、ルノワールが引っ掛かった。『花を持つ少女』なんて有り触れたモチーフだから、他にもたくさんあるんだけど。
『わたしの好みはブロンド』
ブロンドヘアーが大好きなお爺ちゃんのナンパ話。
とってもコミカル。その正体が分かってもどこか可笑しい。ただし最後の一行を除けば。甘い話には気をつけましょう。
『あの豪勢な墓を掘れ!』
とある有名なジャズバンドが街にやって来た!って話。ジャズの本を書こうとしていた教授がパートナーを連れ添ってクラブに演奏を聴きに行くのですが……。
よくよく考えるとこの前読んだスタージョンと同年代の作品群なんですよね。この時代ではジャズというのが主流だったんだなあと思いました。私なんかからするとロックでイメージしそうな内容の話。
『野牛のさすらう国にて』
西部大開拓時代の話と見せ掛けて実は。
文明批判でもあるわけですが、某有名映画を思い出しました。
『ベッツィーは生きている』
駆け出しの脚本家と売れっ子宣伝マンの話。とある女優の死が金儲けに使えると宣伝マンが脚本家に持ち掛けるんだけど……。
選挙の話もそうでしたが、虚像に対する批判というのが込められています。結局はどっちも加速しちゃったんですよね。
『本音』
ある日気がついたら皆が本音しか喋れなくなってしまったって話。
ブラックユーモアたっぷりで笑えるんだけど、その世界を素晴らしいと主張する男の本末転倒ぶりだけは笑えない。正義は一つ間違うと狂気にもなってしまうのです。
『最後の演技』
ある作家がハリウッドに向かっていた途中に車が故障してしまった。部品が届くまで一日かかると言われ、仕方無く修理工に教えられたダイナーに向かったのだが、店の主はモーテルは廃業したと取り合ってくれない。ところが男の職業を聞くなり店主は態度を一変させ、泊まっていくように告げるのだった。店には昔ハリウッドで活躍したのだと言う店主と、若く美しい女がいた。そして女は作家にそっと告げる私をここから連れ出してと。
ラストが……怖いです。
『うららかな昼さがりの出来事』
突如仕事を止めると言い出した大女優。彼女はある男から買った夢の中でこれからは生きると言う。
不思議の国のアリスをフロイト的に読み解く過程が面白かった。そりゃこじつければいくらだってという気もするけど。
『ほくそ笑む場所』
因果応報なお話。少女の中にある女が怖い。少女の無垢さと、愛する男の関心を引きたいという本能のアンバランスさが狂気へと変わってしまうのがね、本当に恐ろしい。
『針』
アトリエ代わりに借りた廃ビルの屋根裏部屋に潜んでいた男。彼は大量の電話帳や名簿に囲まれていた。そして一心不乱右手の針で……。
ってその電話帳の山だけでも少し怖いよ。
『フェル先生、あなたは嫌いです』
精神科医フェル先生とその患者であるクライドの会話、というか診察なんだけど……。
そっちに来ましたかーと驚きながら、ウウッと顔をしかめてしまった。サイコミステリーの典型といえば典型って元祖みたいなもんだから当たり前か。
『強い刺激』
スタージョンの『輝く断片』の中の一つと似たような話。やはり落差というのは一つの大きな恐怖なんですよね。



